「自由な時間がほしい」と思う人は多いかもしれません。
でも、自由とは本当に、時間があることなのでしょうか。
静かな退職という言葉をきっかけに、自由と選択について考えてみました。
Contents
静かな退職という選択
静かな退職という言葉を聞くたびに、私は少し考えてしまいます。
静かな退職とは、実際に仕事を辞めるわけではありません。会社には行く、でも必要最低限のことだけこなして、それ以上は関わらない。出世も、成長も、もう求めない。そういう働き方を選ぶことを指します。
仕事はするけれど、心はもうここにない。
その働く時間は、いったい何のためなのだろうか。
そうせざるを得ない職場環境があることも、少しは想像できます。
その生き方を責める気持ちは、まったくありません。
ただ、どうしても考えてしまうのです。
時間とは、いのちそのものです。
たかが1分。
されど1分。
その1分をどう生きるかの積み重ねが、
その人の人生になっていきます。
静かな退職という生き方は、自分を守るための選択なのかもしれません。
余計な責任を背負わない。
必要以上に頑張らない。
それも、ひとつの選択なのだと思います。
けれど、心を置かないまま過ぎていく時間が積み重なっていくのだとしたら、
それは本当に、自分のいのちを大切にしていると言えるのでしょうか。
本当に怖いのは、仕事への熱意がなくなることそのものではありません。
自分の人生を、自分で動かすことまで、やめてしまうことなのだと思います。
日本人の9割は、誰かに雇われて生きている
先日、そんな数字を目にして驚きました。
就業者約6,800万人のうち、雇用者は約6,100万人。自営業や経営者をすべて合わせても、全体の1割ちょっとにすぎません。
私の周りは経営者や自営業者が多いから、すっかり感覚がずれていました。どうやら私のほうが、異端だったらしい。いや、その1割の中でも、かなり異端な部類かもしれません(笑)。
ただ、この数字を見て思うのです。
9割の人が組織の中にいるということは、「自分で決める」よりも、決められた枠の中で動く時間が多くなりやすい、ということでもあります。
もちろん、それが悪いということではありません。
けれど、その中で「自分で選ぶ感覚」を持ち続けるには、少し意識が必要なのかもしれません。
私がOLをやめた理由
私にも、OL時代があります。たった3年、それも契約社員でした。
採用のとき、病気のことも、既婚(当時)であることも、正直に話していました。それなのに上司に言われたのです。「なぜ病気で働くの?」「なぜ結婚しているのに働くの?」と。さらに「みんなそう言ってるよ」とまで。
今なら完全にハラスメントです。当時の私は怒り心頭で、「あなたが上司じゃなかったらよかったわ」と言って、解雇になりました(笑)。
そんな会社にすがって生きることが、どうしてもしんどく感じられて、あっさりあきらめました。そうして、自由を手に入れたのです。
自由が、恐ろしかった
でも、その自由が、恐ろしかった。
朝起きて、何もすることがない。それが今日も、明日も、明後日も続く。何をしてもいいし、何もしなくてもいい。誰も何も言わない。自分で築かなければ、空白の日が続くだけ。
みんな自由な時間が欲しいといいます。でも、自由の意味を、本当に知っているでしょうか。
自由は、時間があることではない。すべての決定を、自分で行うということだ。
これが、あの頃の私が身をもって知ったことでした。
勤めているときは、自由に憧れます。でも、退職や定年で会社を去ってはじめて、その重さがわかる。
やっと自由になれた。やりたかったことをやってみよう——そう思っても、どうやればいいかわからない。それが、自由という沼に足を踏み入れる第一歩です。最初は底なし沼のように感じるかもしれない。
多くの人は、やりたいことをずっと頭の中で温めています。でも温めているだけでは、足は動かない。「やる」を決めて、行動する。その積み重ねの中で、少しずつ自分で決める力がついていく。やがて沼の底に足がついて、歩けるようになる。
考えてはいた。でも、行動する勇気がいる。その勇気は、自由になってから急に湧き出てくるものじゃない。
今いる場所が、宝物になるだから、今いる場所でいい。
もしいつか自由が手に入ったらと思うなら、今の仕事の中でスキルを身につけるといいと思います。自分で選んで、自分で決めて。
見る方向を変えるだけで、未来の自分にとっての宝物となる経験がそこにあります。「いつかやろう」ではなく、今の環境で「やる」を決める。それだけでアンテナが張り巡らされ、関連する情報が勝手に目に入ってくる。会社をやめなくても、見える景色が変わります。
静かな退職をしている場合じゃない、と私は思います。今日の仕事の中に、未来につながる何かがある。それを自分で拾いにいくか、見過ごすかは、自分が決めることだ。
組織にいるかどうかは関係ありません。雇われていても、経営者でも、主婦でも、学生でも、今を生きる人すべてに伝えたい。
自分の人生は、自分で決める。
小さな覚悟で、自分の足で歩いていける
同じ毎日の中に、少しずつ光が差しはじめる。
大げさに聞こえるかもしれません。でも本当にそうなのです。「やる」と決めた瞬間から、同じ毎日が違って見える。同じ仕事が、違う意味を持ちはじめる。
どうしても辛くてたまらないなら、その環境から自由になるかどうかも、自分で決めることができます。ただし、自由は甘くない。自由になるには覚悟がいる。小さくてもいい。覚悟を持てば、その先、自分の足で歩いていける。
あなたは今、自分の人生を生きていますか。
選択は、自分にある。いつだって。
