岐阜県関市板取にある「モネの池」。正式には「名もなき池」というらしい。
このモネという名前に反応したのは、以前、京都の大山崎山荘美術館で見た「睡蓮」を思い出したからだ。あのとき見た絵の色が、ずっと頭のどこかに残っていた。今回、板取まで足を運んだのは、あの記憶がきっかけだったのかもしれない。
写真がきれいに撮れるのは朝早い時間だと聞いていたので、6時過ぎに出発した。着いたのは9時前後。蓮の花が咲くのは11時頃らしい。しかも8月にはもう枯れてしまうのだとか。そう教えてくれたのは、枯れた蓮を片付けていたおじさんだった。
もくもくと作業をしている人だったので、最初は声をかけるかどうか迷った。でも「おはようございます」と挨拶をして、いくつか質問をしてみたら、丁寧に答えてくれた。それだけでなく、写真がきれいに撮れるようにと、鯉を池のこちら側まで呼んでくれた。呼ばれた鯉たちが蓮の葉の間をすっと動いていく様子は、教えてもらわなければ見られなかった景色だと思う。
話しかけると、いいことある。
池の水は緑がかった透明感があって、写真で見ていた印象とはまた違う。光の入り方や鯉の泳ぐ速さで、水面の色そのものが変わっていく。
SNSに写真を上げたら「フランスのモネのお家の池よりずっと綺麗」「モネの池の絵は日本で描かれた」なんて話まで集まってきた。
え? モネ、日本で描いたの?
気になって調べてみたら、これは違った。でも、そこから思っていたよりずっと厚みのある話にたどり着いた。
モネは実際に、フランス・ジヴェルニーの自宅に日本風の庭と睡蓮の池を自分でつくっていた。しかも描いていたのは睡蓮の花そのものというより、水面に映る空や光、時間とともに移ろっていく色や空気のほうだったらしい。晩年は目の病気を患いながらも描き続けていて、大山崎山荘美術館で見たあの絵も、その最晩年に描かれたものだったと知った。
こういうきっかけがないと、私は絵のことも画家のことも、この先もずっと知らないままだったと思う。京都で見た一枚の絵と、岐阜で呼ばれてきた鯉。一枚の写真から、フランスの庭とその奥にある画家の人生まで、たどり着いてしまうのだから、不思議なものだ。
そう思うと、板取のこの池が「名もなき池」から「モネの池」と呼ばれるようになったのも、なんとなくわかる気がした。
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さくらいりょうこ
講演家・オカリナ奏者・著者。
「幸せを向いて生きる」「選択のチカラ」を軸に、全国47都道府県で1,500回を超える講演を行い、のべ35万人に届けてきた。
オカリナ教室「リーナ★リーナ」主宰。大阪・兵庫・奈良の教室のほか、全国から参加できるオンライン教室も開講。
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