先日の朝ドラ「風、薫る。」を見ていて、胸に残る場面がありました。

看護師見習いの物語が続いています。
「風、薫る。」では、看護師見習いの物語が続いています。

先日、印象に残ったのは、骨折した男性の場面でした。

安静にしていなければならないはずの男性が、病室をうろうろしている。
それを見た看護師が、思わず声をかけます。

「そんなことしていたら、治りませんよ!」

すると男性は、こう言って怒りました。

「あんたらみたいに、怪我が治ることだけ考えていられないんだ。こうしている間に体が動かなくなって、仕事に戻れなくなったらどうするんだ」

この言葉が、ずっと頭に残っています。


病気を治すことは、もちろん大切です。

でも、人は病気だけを抱えて生きているわけではありません。

仕事や家庭、日々の生活があり、そこには自分の役割や戻りたい場所があります。

治療に専念している間にも、外の世界は動き続けています。

長く休んだあと、本当に仕事に戻れるのか。
体力は落ちないのか。
社会の中に、自分の居場所はまだあるのか。

患者は、病気のことだけでなく、仕事や生活、これからの人生のことも同時に考えています。

薬による治療も同じです。必要な治療とわかっていても、副作用や倦怠感は毎日のことです。体がしんどい中でも、仕事をして、家族と話して、生活を続けなければならない。

病気を治しながら、人生も同時に続いている。

その現実を、患者は毎日の中で抱えています。


こういう時に大切になるのが、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)という考え方です。日本語にすると「生活の質」。命を長らえることだけでなく、どんな状態で、どんなふうに生きるか。その質を大切にしようという考え方です。

そしてQOLは、医療者が決めるものではありません。自分で決めるものです。

もちろん、治療については医師とよく相談することが大切です。けれど、治療を受けるかどうか、受けるならどこまで受けるのか。そして、その先をどう生きたいのか。その問いは、患者自身の中にあります。

どんな副作用なら受け入れられるのか。治療しながらも、何を続けたいのか。何を守りたいのか。

答えは、一人ひとり違います。だから、自分で決めていくしかないのです。


私自身も、長い闘病を経験してきました。

その中で、たくさんの選択をしてきました。治療を受けること、休むこと、動き出すこと。思い通りに決められたことばかりではありません。医師の判断を受け入れるしかなかった時もありました。反対に、無茶をして大変なことになったことも、一度や二度ではありません。それは自業自得です。

でも、受け入れるしかなかったことも、自分で選んで痛い目を見たことも、全部自分が引き受けてきました。誰かのせいにしていたら、きっと私は、自分の人生を取り戻せなかったと思います。だから、今があります。


「治すこと」を見ている医療者と、「生きること」を見ている患者。この二つが別の方向を向いていたら、どこかですれ違いが生まれます。

でも、同じ方向を向けたとき、患者は治療に前向きになれる。
私はそう確信しています。

私自身、同じ方向を向いてくれる看護師さんや医師に、たくさん出会ってきました。

私が「こう生きたい」と言葉にしたことで、医療者もそちらを向いてくれたのだと思います。


「こう生きたい」と医師に伝えられる人は少ない。

それは、遠慮しているからだけではないと思います。そもそも、自分がどう生きたいのか、まだわかっていないのかもしれません。病気になって初めて、「私は、どう生きたいのか」という問いを突きつけられる人が、ほとんどではないでしょうか。

だからこそ、日頃から「自分はどう生きたいか」を考えておくことが、いざという時の力になります。

病気になる前にも人生があり、
治療の最中にも人生があり、
病気が終わった後にも人生は続いていく。

その人生をどう生きるか。
その選択は、いつも自分の中にあります。

QOLは、誰かに決めてもらうものではない。
自分で決めるものなのです。