第1章:ただ夢中だったあの頃

最初は「好き」で始めたことなのに、気づけば評価を気にするようになり、楽しかったはずのことが、重たく感じられてくる――

そんな経験、あなたにもあるかもしれません。

もしかしたら、目標が「欲」にすり替わってしまっているのかもしれません。

私がフルートに出会ったのは中学生の頃でした。音楽大学に進んだのも、笛を吹くことが好きで、両親から学ぶ機会をもらえたからです。

練習は得意ではありませんでしたが、ひとつずつ音を覚え、少しずつ上達していくことが嬉しくてたまりませんでした。

当時の私にとって、フルートは“救い”のような存在でした。

「これならがんばれる」「もっと上手くなりたい」と自然に思えたのです。

でも、ある時から変わり始めました。

「世界一のフルート奏者になりたい」

その夢が心の中に芽生えたとき、私の努力の方向が変わりました。限界を超えようとする力が生まれた一方で、「どうすれば認められるか」と他人の評価ばかり気にするようになったのです。

音楽を楽しむ心は消え、代わりに野心(欲)が私の心を占めていました。

“目標”は自分を幸せに導くもの。けれど“欲”は、結果だけを求め、心を乾かしていくもの。

あの時、もう少し自分の心の声に耳を傾けていれば、音楽の喜びを手放さずにいられたのかもしれません。

しかし、あの経験があったからこそ、今の私があります。「欲」に飲み込まれた時期も、大切な人生の一部です。

第2章:夢を失った日々の中で

演奏家になる夢を追いかけていた私は、とにかくがむしゃらでした。

音楽の世界は、コンクールやオーディションなど、常に優劣や順位がつく世界。

「誰よりも上手くなりたい」
「チャンスは全部、自分のものにしたい」

そう強く思えば思うほど、私の心の奥に“欲”が根を張り、やがて私自身を少しずつ蝕んでいきました。

そして――病に倒れました。

診断はクローン病。
原因不明、根治もない。命の危険はないが、医師には「もう、無理をしないで」と言われました。

でも当時の私は、その言葉に耳を貸さず、欲に突き動かされるまま、無理を通り越して体にムチャをさせ続けました。

高熱や腹痛を押して、無理やり前へ進み続けた結果……
腸閉塞が破裂。

私は、命を落としかけました。

「もう…がんばられへん」

そう心の奥底でつぶやき、奏者としての夢を、自分の意思であきらめました。
誰に言われたわけでもない。
自分が選んだ、苦しい選択でした。

夢を失う――
それは、何よりもつらい体験です。

がんばれなくなった私の心には、妬みや恨みが渦巻いていました。

「どうして私が」
「病気さえなければ、私だって…」

友人の活躍を喜べず、音楽を聴くのも、歌番組を見るのもつらい。
人と話すことさえ苦しくなり、心はどんどん閉ざされていきました。

“欲”は、知らないうちに心を蝕むものです。

でも、今だからこそ伝えたいのです。

あなたの目標は、誰のためのものですか?
人の評価に縛られていませんか?

目標は、本来「自分を幸せにするための道しるべ」。

もしそれが「欲」に変わってしまっているなら、そっと問いかけてみてください。

「私は、何を満たしたいのだろう?」

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第3章:すべてが崩れ落ちたとき、私は“生きる”を選んでいた

心も体も、すっかり閉ざしていたあの頃。

未来が見えず、ただ息をして日々をやり過ごすだけ。
生きる意味さえ見失い、
「もう、こんな毎日は終わりにしてしまいたい」
そんな思いに心が支配されていました。


そんなある日――
神戸の街が、大きく揺れました。

阪神淡路大震災。

聞いたこともないような、ゴォーッという地鳴り。
家がきしみ、何もかもが崩れていく音。
全身の毛が逆立つような、圧倒的な恐怖に飲み込まれていきました。

私は何も考えられず、ただ咄嗟に身をかがめ、
外から響く「外に出ろー!」という声に従い、必死で飛び出しました。


外に出ると、電信柱は倒れ、道は陥没。
一瞬にして変わり果てた景色の中で、
離れて暮らす家族の顔が頭に浮かびました。

「どうか無事でいてほしい」


それまで、生きることに疲れ果て、
いっそ終わらせようとさえ思っていた私が――
その瞬間には、必死で“生きよう”としていたのです。

迷う間もなく、本能のように。
私は「生きたい」と、心の底から強く願っていました。


まだ薄暗い道にできた、長い公衆電話の列。

両親の声を聞きたい。
でも、お金を持たずに飛び出してしまった私には、10円さえありませんでした。

そんなとき、後ろに並んでいた見知らぬ人が
無言で私の手に10円玉を握らせてくれました。

その10円で、私はようやく家族の声を聞き、
「大丈夫だよ」という言葉に、体の力が抜けていきました。


このあと、すぐに実家に戻りました。
疲れ果てた私のために、母が差し出してくれた温かいお茶。

その湯気に包まれながら、一口含んだ瞬間――
胸の奥からじわっとあふれ出すものがありました。

私は、自分が生きていることに
ホっとしたのです。


あの時、私は初めて「生きること」、そして「これからのこと」を考えたのです。

この体験が、私の人生を「生きる」方向へと動かしてくれました。

第4章:やるを決めると、止まっていた時間が動き出す

「生きる」と決めた私は、次に「働く」ことを選びました。

けれど、その決断は簡単なものではありませんでした。
これまで私は、病気のことを人に話すこともなく、できる限り隠して生きてきました。
でも、働くには伝えなければならない現実がありました。


「時々、入院するかもしれません」
「急に休むことがあります」

そう口にしたとき、胸の奥がじんと熱くなったのを覚えています。
その一歩が、私にとってどれほど大きなものだったか。

「助けてください」
初めて、心からそう言えた瞬間――
不思議と、助けてくれる人たちが現れました。

どの職場でも応援してくれる人がいて、
今も連絡をくれる方がいます。
あのとき、私を見捨てずに支えてくれた人たちに、心から感謝しています。


やがて私は、自分が体験してきたことを伝える機会(講演の機会)をいただくようになりました。

自分の言葉が誰かの心に届き、
「涙が出ました」
「勇気をもらいました」
と言われるたび、私の胸に、あたたかい火が灯るようでした。


でも――
いつの間にか私は、また“欲”にとらわれていたのです。

「もっとたくさんの人に聞いてほしい」
「もっと評価されたい」
「もっと、もっと…」

その気持ちは、知らず知らずのうちに膨らみ、
やがて自分自身を追い詰めていきました。


あの頃の私は、
「伝える」ことが目的ではなく、
「認められる」ことが目的にすり替わっていたのかもしれません。

『欲』とはなんだろう?

私の中に芽生えたその問いは、
次第に「目標」と「欲」の違いを見つめ直すきっかけになりました。


目標は、自分を幸せに導く道しるべ。
努力の道のりさえ愛せるもの。

でも欲は、結果だけを求め、
心を乾かし、満たされることのない渇きです。


私があの頃感じていた「もっと」も、
決して悪いものではなかったと思います。
けれど、その「もっと」は、
いつの間にか私から平穏無事という幸せを奪い、苦しめるものになっていたのです。


“欲”は人を苦しめることもある。
でも、それに気づき、手放すことで人はもっと軽やかに生きられる。

そんなことを、私はこの人生で学びました。


「やる」と決めた瞬間、止まっていた時間がまた静かに動き出す。

これまで、何度も「やる」を決めてきました。
そして、結果に向かって進んできました。

でもこれからは、“欲”ではなく“喜び”のために進みたい。

評価や称賛のためではなく、
「生きる力」を分かち合うために。

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いつか私も、誰かを応援できる人になりたい。
あのとき支えてもらったように、
今度は私が誰かの力になれたら――

そう、願っています。


最後に

もしあなたが今、夢や目標を見失いそうになっていても――
どうか忘れないでください。

生きる力は、あなたの内側に必ず眠っています。
それは、ほんの小さなきっかけで目を覚まし、
未来を変えるエネルギーとなるのです。

私の体験談は、このブログだけでは伝えきれません。
もし興味を持ってくださったなら、ぜひ講演でお会いしましょう。

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▶メディア掲載
これまでの活動は、全国各地のメディアでも紹介されています。

新聞各紙・女性自身・週刊女性・ ラジオ深夜便・ 奇跡体験アンビリバボー・24時間テレビ・テレビ大阪「生きるを伝える」 月刊致知「致知随想」…他多数

2025年5月22日朝日新聞「ひと」欄。全国版。

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